
第一章・千年の莫高窟
2026-05-14


日が沈み、砂漠の風が少し涼しくなってきたころ。ホテルを出ると、町の中心に続く道の向こうで、オレンジ色の灯りが揺れていた。「沙洲夜市だね!」。娘がタクシーの窓から嬉しそうに指さした。昼間の観光で少し疲れたはずなのに、華やかな灯りを見ると不思議と足取りが軽くなる。敦煌には、夜の顔もある。昼の荘厳さとはひと味違う、温かくてにぎやかなもう一つの世界だ。
夜風に誘われて――沙洲夜市へ
夜市に入ると、まず鼻をくすぐったのは香ばしい羊の肉を焼く匂い。鉄串で焼ける肉から、じゅうじゅうと音がして脂がほとばしる。スパイスの香りに誘われて一歩近づくと、店主が片言の英語で笑いながら「辣(ラー)?スパイシー?」と聞いてくる。「少しだけ!」と答えると、にっこり笑って粉をひと振り。その表情の明るさに、妻もつられて笑っていた。
娘は屋台の隣で果物を物色している。「見て、桃が信じられないくらい大きい!」。確かに、どれも日本の倍近くはありそうだ。ブドウやアンズ、イチジクなどのドライフルーツ……。試食させてもらうと果肉の甘みが砂漠で乾いた喉に染み渡る。値段も良心的だ。不慣れであっても中国語で話しかけると、店主が満面の笑みでオマケを袋に入れてくれた。「ありがとう、シェイシェイ!」と言うと、「再来玩吧(また来てね)!」と笑顔で返してくれる。異国とは思えない温かい空気が漂っていた。
夜風に誘われて――沙洲夜市へ
夜市に入ると、まず鼻をくすぐったのは香ばしい羊の肉を焼く匂い。鉄串で焼ける肉から、じゅうじゅうと音がして脂がほとばしる。スパイスの香りに誘われて一歩近づくと、店主が片言の英語で笑いながら「辣(ラー)?スパイシー?」と聞いてくる。「少しだけ!」と答えると、にっこり笑って粉をひと振り。その表情の明るさに、妻もつられて笑っていた。
娘は屋台の隣で果物を物色している。「見て、桃が信じられないくらい大きい!」。確かに、どれも日本の倍近くはありそうだ。ブドウやアンズ、イチジクなどのドライフルーツ……。試食させてもらうと果肉の甘みが砂漠で乾いた喉に染み渡る。値段も良心的だ。不慣れであっても中国語で話しかけると、店主が満面の笑みでオマケを袋に入れてくれた。「ありがとう、シェイシェイ!」と言うと、「再来玩吧(また来てね)!」と笑顔で返してくれる。異国とは思えない温かい空気が漂っていた。
そして「楽動敦煌」へ
夜市からタクシーを走らせると、遠くにライトアップされた建物が見えてくる。会社の同僚に「敦煌に行くなら絶対見て!」と勧められていた舞台――楽動敦煌だ。正直、最初は「観光客向けのショーだろう」と軽く考えていた。だが、幕が上がって数分も経たないうちに、その思いは吹き飛んだ。
広大なステージに、莫高窟の壁画が立体的に映し出される。プロジェクションマッピングが岩肌を染め、天井からはまばゆい光が降り注ぐ。音楽が流れると同時に、舞台に天女たちが現れ、壁画の飛天が現実の空間に舞い降りたようだった。妻が小声でつぶやく。「すごい……まるで壁画が動いてるみたい」。
ステージは中国の舞踊・映像技術・照明を駆使した壮大なもの。「これが中国の本気の舞台なのか」。同僚が強く勧めてくれた理由がわかった。背景には砂漠の風が吹き抜けるような音、地の底から響くような太鼓、そしてレーザーライトが観客を包み込み、まるで自分たちがシルクロードの旅人になったような錯覚に陥る。
壁画が語る“音楽”の物語
舞台で繰り広げられる世界は、唐の時代の宮廷、商隊、砂嵐・・・。まるで時間を超えた旅をしているようだった。娘は目を輝かせ、「映画よりすごい」と感動した様子。妻も「これ、日本の舞台じゃ見られないスケールね・・・」と息をのんでいた。
中国の舞台芸術は、いまや世界でもトップレベルだ。舞台照明も、音響も、衣装も、まるで映画のよう。莫高窟の芸術が、千年を経て、テクノロジーと融合し、現代に生まれ変わっていた。私はふと「文化って生き続けるんだな」と感じた。過去の祈りが、今の技術で再び命を得る――それがこの楽動敦煌の本質なのだと思う。
夜が終わるころ――心に残ったぬくもり
終演後、外に出ると夜風がやさしく頬をなでた。感動がさめやらないのか、観客たちが笑顔で写真を撮っている。外国人も多く、英語、韓国語、タイ語など、いくつもの言葉が飛び交う。言葉も文化も違う国から来た者どうし、みんなが同じ感動を共有していた。
妻が言った。「来る前は、夜の外出ってちょっと怖いかなと思ってたけど、全然そんなことなかったね。どこに行っても親切だし、安全だし、すごく心地いい」。娘もうなずく。「私、また来たい。次は友だちと一緒に来たいな」。2人の言葉を聞いて、私は心の中で微笑んだ。旅はいつも旅人の心に新しい扉を開く。
旅の余韻と次への誘い
敦煌は、昼も夜も、そして人の心の中にも光を灯す街だ。莫高窟で千年の祈りに触れ、夜市で人の温もりを感じ、楽動敦煌で芸術の力に震える。その一つ一つが旅の宝石のように輝く。そして思う。敦煌に行ったら、莫高窟だけではもったいない。この街には、まだまだ知られざる感動が待っている。
《次回予告》
次回は、砂漠に浮かぶ奇跡――月牙泉と鳴沙山へ。太陽と砂、そして星が出会う場所で、私たち家族の旅はクライマックスを迎える。